タイムレコーダーの音を聞く度に驚いていました

以前勤めていた所にタイムレコーダーがあり、朝晩の出勤や帰宅する度にあの独特の音を聞いていました。朝は、何となく憂鬱な気分の時もあったけど、仕事を終えて帰宅する時に聞く、あのタイムレコーダーの音は、疲れた身体に何となく心地よく響き、これで、今日一日の仕事が終わったのだと言う満足感と安らぎを覚えたものでした。朝と夜ではこんなにも心に受ける感じが違うので、そんな自分にいつも驚いていました。勿論、この事は、私に起こっただけの事ではなく、全ての人が多かれ少なかれ感じていた事だと思います。


朝と夜で気分が違うのは、タイムレコーダーがそれを呼び起こしてくれているのかも知れません。タイムレコーダーは、心のスイッチをいれるのに役立っていたのだと思います。でも、あの切羽詰まった様なタイムレコーダーの音は、今でも耳に残っています。意外と耳の中に残った音は、記憶にの残せるものなのだと思うと、又、驚きでした。よく言えば、心のスイッチを点火してくれる音に聞こえるし、悪く言えば、雑音にしか聞こえないので、それはそれで面白いのですが、今は、あのタイムレコーダーの音も、とても懐かしく感じる時があります。その後、職を変え、タイムレコーダーの音を聞く事がなくなった時は、何だか少し寂しく、物足りなさを感じたものでした。あの身につまされる様な、無の響きを持った音を聞く事ができなくなってしまったのですから、それは、当然の事かもしれません。


でも、そんな生活も暫くすると慣れてきて何とも思わなくなりました。人の生活習慣はすぐには変えられないけど、幾度となく繰り返して行くうちに、生活習慣を変える事はできるのだと納得しました。ただし、耳の残った音の記憶は今でも鮮明で、はっきり脳裏に焼きついているのでしょか。忘れる事はありません。そして、あの時感じた驚きの思いも忘れ去る事などできません。でも、いつかは、そんな感覚も鈍くなり記憶のほんの一部になる時が来るかもしれないので、それまでは大切に大切に保管しておこうと思います。そして新しい記録が記憶に変わる事を日々繰り返しながら、人は歳を取っていくのだとこの頃、つくづく考える様になりました。そして、古い記憶は、決して忘れる事などなく、新しい記憶に積み重ねられて行くのだと思います。そうこうしているうちに新しい記憶の方が忘れて行くのかもしれませんが、それは、老化現象の一つなので仕方ない事だと思っています、。